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【山梨県 山梨市 建築 不動産】


銀行さん関係の経営者会でロバートキャンベル氏の講演会を拝聴させて頂きました。

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「目の前のYOUとちょっと苦手なME~世界から見た日本のポテンシャルと課題~」と題し、人称の使い方から異なる日本語と英語の表現方法、そこから見える両文化の違いを切り口に、日本語そして日本人自体の世界から見た特異性を、両文化をよく知る先生ならではの視点でお話されていました。

また、マスコミでも多く取り上げられていた「I AM KENJI」の、メッセージが生まれた経緯や、その反響など、報道やネット上では知ることのできない、もう一歩踏み込んだ内容もあり、生講演ならではの貴重なお話をしていただいたと思います。

その中で

本題とはあまり関係のないかもしれませんが、先生がお好きという、幕末の歌人、国学者の橘 曙覧(たちばなのあけみ)の「獨樂吟」のお話が印象的でした。

この和歌は「たのしみは~とき」で終わる、様々なひと時を彼ならではの正直な目線でとらえた歌集だそうです。

2


たのしみは珍しき書(ふみ)人にかり始め一ひらひろげたる時
たのしみは機(はた)おりたてゝ新しきころもを縫(ぬひ)て妻が着する時
たのしみは雪ふるよさり酒の糟あぶりて食(くひ)て火にあたる時
たのしみは錢なくなりてわびをるに人の來(きた)りて錢くれし時

など、心根をストレートに表現した潔さに共感をおぼえるものであります。
また、日本語は人称が英語に比べ多くあるのに、それを多用しないでもこの詩のように意味が通じるところに、日本語ならではの察する表現方法があることも見てとれるそうです。

私はそんな歌の中
たのしみは衾(ふすま)かづきて物がたりいひをるうちに寝入(ねいり)たるとき
家族で布団に入って、一人一人今日の話などをしている中、一人一人寝息に変わり、最後に自分が眠る時が楽しいという歌。

そんな自分にもあったはずの状況を心の中でとらえて「たのしい」と感じることができていなかったことに気が付きました。
たのしさや、幸せを感じるひと時は全ての生活の中で必ずあるはずなのに、それを感じ事ができないのは、たのしさを逃していると同じことなのだと。
また、それを感じる事ができるのは、そのひと時を「たのしい」と捉える自分の心持ちひとつなのだと教えて頂いた講演会でした。


最後まで読んでいただきありがとうございました。


TEL: 0553-22-0186

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